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「僕達には世界を変えることができない」長ったらしい映画の出来は?

映画の内容を伝える前に
この長ったらしい題名を伝えるのに困ってしまう映画ですが
内容的には好きなタイプの映画でした。
ある医大生が何となく自分の心の空虚感を埋めるために始めた
カンボジアへの学校建設、その額は200万円。
これぐらいなら何とか出来そうと思える金額、
きっと2000万円なら、はなっから考えつかなかったと思います。
目標に向かうちに不完全燃焼だった日々は
徐々に意味のある毎日に変化しはじめます。
周りにはサークル感覚で応援してくれる有志が集まり、
彼女も出来ましたが、
バーティ開いて裏方として楽しんで、
余ったお金だけが建設資金にまわっていくという運営では
資金は遅々として溜まりません。
それもこれも、
動機が軽すぎていまいち説明責任が果たせなかったためでしょう。
何故カンボジアの学校なのか、どころか
肝心のカンボジアへ行ったこともないのですから。

だから、資金がなかなか集まらなくって
個人個人にノルマを課せられそうになっちゃうと、
直ぐに空中分解です。
これが現代の学生さん達の活動でしょう、
まるっきりサークルののりです。
個人で行ったアルバイトのお金は自分の為のもの、
支援活動をしたときだけ資金カンパです。

でも豊かで甘やかされて育った日本人にはそれが当たり前なんでしょう。
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さて、ここからがこの主人公の、そしてこの映画の好きなところです。
主人公達一行は素直にカンボジアへ行ってみる事にします。
そして、カンボジアを選んだ事が正しかった事を実感します。
ポルポト政権下での惨状や、いまカンボジアが置かれている現状などなど。
学校建設の意義から言えば、
国には学校建設の予算が無いのでしょう、
子供達の学びの場は青空教室です。
それも場所が無いので朝は低学年、昼からは高学年という塩梅です。
ちょっと本題からはそれますが、こんな事を感じました。
小さいときに学ばせておくというのは、
まだ労働力としてあてに出来ない事や、
家事の邪魔になるので世話してもらいたい、という時期に
社会人として最低限のマナーを学ばせる事なのかなどと思いながら観ていました。
取り敢えずカンボジアの現状を知り、
この国に学校が必要な事はわかりました。

さて帰国してからの主人公等の行動です。
少なくとも十分な動機が出来ましたが、
最後の最後までカッコいい姿は有りません。
クライマックスというべき
仲間達へ感謝の言葉を述べるシーンでもこちらがハラハラドキドキし、
しっかりしゃべらんかい!
と言いたくなるほどです。
でもそれで良かったと思います。
誰でもが一歩踏み出せば出来る事があるということがわかったのですから。
詐欺紛いのカッコいい美辞麗句を語る政治家には頼れません。
我々一人一人がちっぽけでもタバコのポイ捨てをしないとか、
道路でつばをはかないとか、
そんな事をはじめればきっと世の中良くなるのですから。
by asat_abc | 2011-11-08 08:31 | 映画_新作
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