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「ショパン 愛の旋律」美しい音楽の調べ

イエジ・アンドチェク監督
ピョートル・アダムチク、ダヌタ・ステカ出演
2時間6分、2002年制作、なんと9年前の作品なんですね!
ポーランド映画
ショーゲート配給

これぞ音楽映画、全編に流れる調べは心地よく、油断すると夢の世界に誘われそう。
でも監督はそれを察知してか、ガなり声を所々に入れてそれを阻止する。
だが、心地良さに打ち勝てなくて、隣の人はただひたすら気持ちよさそうな寝息を立てている。
これぞ至上のしあわせ?
音楽映画として美しい旋律をじっくり楽しむのも良いけれど、
ジョルジュ・サンド婦人との恋愛ストーリーとしても面白い作品になっていた。

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1830年ポーランド、
帝政ロシアの圧政下では自由な創作活動などショパンにはできなかった。
厳格ながら愛情深い父親はショパンにパリへ行く事を勧める。
パリでフランツ・リストと交友、リストはショパンの曲を、社交界で演奏しPR、
ショパンの名声は高まっていく。
この辺は時間の関係か、さらっと流している。
個人的にはもう少しリストとの関係を知りたかった。

c0146834_855478.jpg当時、社交界の中心にいたのは、小説家のジョルジュ・サンドだ。彼女は今で言う肉食系女子の典型、それも超が付くほどだ。15歳も年上だというのショパンを猛烈にアタックする。こうなればショパンはいくら抵抗したところで所詮はヘビに睨まれたカエル、ライオンに追いかけられたウサギ、餌食になるだけだ。サンドの手練手管にズッボリハマってしまったショパンは彼女と8年間行動を共にする。



この期間にショパンは数々の名作を作曲しているから、
ある意味サンドがショパンを育て上げといって良いかもしれない。
逆にサンドの創作活動は不毛の時期だったらしい。
それどころか、サンドの二人の子供とショパンとの板挟みになり、
二人の間にはやがて別れの時期が来ることになる。
上の子供は男でショパンと数歳しか変わらず、
長男は二人が男女の関係で有ることを知ると激しく嫉妬し始め、母を取り返そうとする。
下の子は女、初めは小学生位の幼い子だったが、
成長し思春期にはいるとショパンを慕い始め母と争うようになる。
そしてショパンとサンドの間には修復出来ない溝が出来てしまう。
そんなストーリーだ。


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この映画が史実に忠実なものか気になり、調べてみた。サンドが15歳も年上というのはオーバーのようだ。
調べた本では6歳年上だった。
たが、長男との確執、ソランジュという娘がショパンにアプローチしたというのは本当らしい。
その頃になると、
サンドの屋敷でショパン、ソランジュ組VSサンド、長男組の激しいバトルが繰り広げられたようだ。

パリ社交界で二人の仲が話題となり、逃避行のようにマジョルカ島へ行くのだが、
避暑地として有名なマジョルカも彼らが行った年は天候不順で、
更にショパンの結核のせいで、島の辺鄙な所へ追いやられ、ショパンの病状が悪化、
寿命が縮まったと言われている。結局ショパンは39歳という若さで亡くなってしまった。
劇中、嵐の日がある、サンド親子三人は外へ出かけていた時に突然物凄い嵐がやって来る。
帰りを待っていたショパンは一人取り残されたと思い込み悲観にくれ
気を取り乱さんばかりの様子だったようだ。(誰が記録に残したかったわからないけど。)
ようはなんやかんやいいながら、草食系男子ショパンはサンドを頼っていたわけです。

この頃の芸術家は誰かの庇護を受けている。
ショパンの場合はサンドがバトロンだったという事だ。
だからサンドと別れるということはバトロンと別れるという事でもあり
その後の暮らしは苦しくなり最後は実家の姉に看病を頼み、
心臓を実家に運んでもらっている。(どんな風に?)

今度は美しい旋律を聞きながら、暖かな日差しを受けながら眠りに尽きたいものだ。


by asat_abc | 2011-02-25 18:49 | 映画_新作
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