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「コクリコ坂から」、心地よいメロドラマ

ジブリ作品では少し高学年向け、決して子供向けじゃないように思えた。
時代は東京オリンピックの年の前年だから、
昭和38年だ。
高校二年生の少女、松崎海、愛称はメルが主人公。
彼女は母子家庭、父親が他界している。
彼女にはいっこ下の妹と小学生の弟がいる。
母親は医者で今は海外に留学中、
おばあさんの元で生活している。
そこはコクリコ荘という下宿屋をしていて、
彼女は健気にも賄いの手伝いをしながら
高校へ通っている。
彼女の日課は朝早く起き、朝ご飯の用意から。
下宿人二人とおばあさんと妹、弟計6人分の準備、
その最中に庭で旗を揚げる。
音信の無くなった船乗りの父親への合図だ。
父親は朝鮮戦争の時に爆撃を受けて沈没した船に乗っていた。
幼い時から父親が戻ってくるのを願い、
毎日旗を揚げるのが日課だ。
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メルちゃん、いつものように高校に登校すると、
クラスメートから学校新聞にメルが毎日掲げている旗の事が載っているを知らされる。
編集長は三年生の俊だ。
彼と彼の友人で生徒会長の水沼は
学校脇にあるカルチェラカンという部活棟の
取り壊し反対運動を展開中だが、
形勢は芳しくない。
余りに汚らしいからだ。
妹に付き合わされて
彼等の部室があるカルチェラカン館へ行ったことによって
メルは彼等、特に俊とは二人はこうなるのが必然であるかのごとく、
仲良くなってゆく。
当然メルも反対運動に参加していくのだが、
そこは女性らしいアイデア、
カルチェラカン館を大掃除し、建物を綺麗にして
取り壊しを阻止しようとする運動にでる。
すると協力者がどんどん増えていき、
カルチェラカン館は今までとは別物の部活棟に生まれ変わる。
こんな活動を通して、メルちゃんの俊くんとの恋愛劇も進んでいくが、
流石に恋愛劇が順調すぎるとドラマにならない。
なんせ戦後まだ20年たっていない時期だ。
ある意味今の中国の成長期同様活気がある反面
まがい物も横行していた時代、
自分の目や活動を通して確かめていた時代だ。

だからという訳じゃないだろうが、
究極のメロドラマが用意されている。
テレビコマーシャルで流れているように、
俊と海は兄弟だと言うのだ。
さて、その結末は。。。。。

映画と同世代乃至ほぼ同時代を過ごしてきた人は
綿飴のようなノスタルジックな時間を
過ごせるだろう。



劇場で観たとき、小学生高学年とおぼしき少女が
ボロボロと傍目からわかるほど泣いていた。
彼女はきっと少しおませな女の子なんだろう。

今回のジブリ作品は人を選んでいる。
本当に観た方が良いのは中学生や高校生の
これから豊かな時代を迎えるだろう少女以上女性未満の人なんだろう。
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by asat_abc | 2011-07-28 21:28 | 映画_新作

「水曜日のエミリア」、なんで水曜日なの?

「抱きたい関係」は観てないけれど、
「ブラックスワン」、「マイティ・ソー」、
そして「水曜日のエミリア」とナタリー出演作は今年3本目、
様々な役柄で活躍する。
この人の性格はかなり勝ち気で一本気のような気がするれど
演じる役はとても繊細なものが多い。
今回もその路線だが、
やっばりかなり勝ち気な役柄だ。

「水曜日のエミリア」で感じたのは
欧米人は日本人とやっぱり文化が違う、
コミュニケーションの取り方が違うと言うこと、痛感させられた。

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父が判事だったエミリアは弁護士となって
今の旦那様と知り合った。
旦那様は妻子持ちだった。
彼の妻は医者で多忙を極め、
夫婦中は破綻していた。
だが、子供のウィルはまだまだ子供、
母が恋しくってたまらない。
養育権の関係で水曜日だけ
エミリアが学校へ向かいに行くが、
ウィルの方は本当の母が恋しいとばかりにエミリアには冷たいし、
母親から教えられたのだろう、
エミリアの痛いところを無邪気についてくる。
旦那様は付き合い始めの頃、
エミリアの事を好きではあるものの、
家庭まで壊すつもりはなかったが、
エミリアに子供が出来てしまい
その勢いで再婚する事になった。
女の子が生まれ、新しい家庭を始めようとした直後に
不幸な出来事が起こった。
生後一週間で女の子が突然死する。
そのトラウマからエミリアは逃れられない。
それはまだ誰にも話していない事実を抱えていたから。

連れ子のウィルは母親に吹き込まれた
琴線にふれるような赤ん坊の悪口を
さりげなくついてくる。
産まれて一週間はまだ人間じゃないとか。

エミリアはもう一つのトラウマを抱えていた。
実の父親を信頼できないのだ。
彼女の父親は判事時代、母親以外の女に入れあげていたのだ。
その事が彼女にはどうしても許せない。
一度は離婚したくせに、最近また両親が付き合い始めている事も
気にいらない。
その上、実の父親とフィルとの仲が良いのも気にくわない。

エミリアという女、
一見するとかなり男っぽい性格のようだが、
実は結構意固地な性格で
厄介だ。

その厄介なところが、
赤ん坊の追悼式典の時に爆発する。
彼女の気持ちを和らげようと、
流産しまった彼女の親友がエミリアにも式典への参加を進め
旦那様とウィル、エミリアの両親、親友達が
一緒に参加してくれたのだが
赤ん坊の死に向き合えば向き合うほど
避けては通れない事実に直面してしまい、
式典の時、その感情が爆発、
自分の父親を口汚く罵ってしまう。
判事という道徳者の仮面の裏側には
家庭を顧みず、ストリッパーの元へ通い詰める
生臭いエゴイストの顔を持っていた事を
激しく断罪する。
観ている側が痛くなるくらい痛烈だ。
これには旦那様も呆れ果ててしまうほどだ。
家に帰ったエミリアは
その日の行動を反省しつつも、
押さえきれないテンションでとうとうトラウマを旦那様に告白する。
赤ちゃんを殺したのは私だ!
赤ん坊をベビーサークルへ入れろと言われたのに、
だっこしたまま眠ってしまい、
窒息死させてしまったのだと。
そして、家を出て行く。

この状況を救ってくれたのはウィルのママだ。
ウィルまま、
あれほどエミリアをコケにし、いたぶっていたのに、
医師としての所見を彼女に示し、
エミリアをトラウマから解き放ってくれる。
難しい事はわからないが
抱っこしていた事による窒息死ではないと
理路整然と説明してくれる。

この辺が日本では考え難い感覚だ。
このシーン、作り物でないならば
欧米人の徹底したヒューマニズムに脱帽だ。


エミリアという一女性を通して、
人間誰もが多かれ少なかれ持つ、
トラウマから解き放たれなければ
幸せな日常活動は出来ない
というキリスト教の懺悔にもつながる道徳観を感じるなどと言えば
安っぽい感想かな?
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by asat_abc | 2011-07-26 06:48 | 映画_新作

「ルイーサ」、生きてゆき為に

アルゼンチン映画。
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規則正しい生活を一体何年間続けていたのだろうか。
無駄遣いは一切しないが、貯蓄もほとんどない。
今まで通り過ごしていれば何も問題はない。
リズムを狂わす事のない毎日。
そんなルイーサに突然の出来事。
唯一の友の猫を、亡くしたその日に
霊園の受付業務と有名女優の家政婦の職を同時に失う。

そして

路頭に迷う彼女。


地下鉄でインチキ商売をし始める。
が、世の中 素人が直ぐ通用するほど楽じゃない。
日々の糧にも事欠き始め、アパートの電気も止められてしまう。
苦境に立ったルイーサ、
今まで過ごしてきた規則正しく、ルール通りの過ごし方が
何の役にも立たないことを知り、
胸の奥底にあった本能に火がついた。


盲人のふりをして物乞いをする。
すると予想以上の実入り。
そこで先住者のオラシオという隻脚の男と
行動を共にするようになる。
さらには アパートの管理人のホセにも胸襟を開き
協力を得るようになる。


困っているとき、
人の善意に頼るのは決して恥ずかしくことじゃない、
隣人との付き合いには煩わしい部分もあるが、
ひとりじゃ解決できない事も
自分の心の内を聞いてもらう事によって気が晴れ、
明日への元気がみなぎって来る、そんな優しさに満ちた映画だった。

原題: LUISA
監督:ゴンサロ・カルサーダ
出演:レオノール・マンソ/ジャン・ピエール・レゲラス
製作:アルゼンチン/スペイン 2008年、110分
日本公開日:2010年10月16日

でも、映画の評価は、普通です。
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by asat_abc | 2011-07-24 16:57 | 映画_旧作

「こち亀」、こんな映画もありだ!

すべりこみセーブ、席に着くと同時に本編が始まった。
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先ずはドタバタ劇から幕がきって落とされた。
給料日翌日、両さん、彼を演じる香取慎吾を待ち構える借金取り達、
必死に逃げるが逃げ切れず、最後は川に自転車もろとも飛び込む両さん、
一方派出所では
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後輩の大金持ち中川と
香里奈演じる麗子、
そして
伊武雅刀の大原部長が
両さんを噂している。
そんなオープニング。



いや、その前にワンカット、
回想シーンがあった。

両さんの小学生時代。
両さん役の子役の子、イメージ近い。
同級生の引っ越しシーン、
徐々に遠ざかってゆく軽トラ、
桃子という少女に
勝どき橋は橋の真ん中からパカッと開くと
面白い事を真面目に言っているのに
桃子は勘吉に
「嘘つき勘吉、一生忘れない!」といっている。
でもそのあと何か。。
聞こえない。
そんな両さんの初恋の別れのシーンだ。



次のシーン、
学校の前で子供達を見守る平田満演じる初老の男性、
元気が無い子にはひとり一人声をかける、
声をかけられた子は元気を取り戻してゆく。
そこへ腹を空かせた勘吉がやってきて、
バナナをもらって喜ぶ。
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だが、元気のない少女が一人、ぼつんと寂しそう。
その少女は桃子の子ユイ、
桃子は旅芸人一座の座長として東京に戻ってきていた。
彼女を演じるはドロンジョじゃない、
色気満点のフカキョンだ。


それともう一人、
桃子の元カレでユイの父親がユイの友達を付け狙っていた。
谷原章介だ。
付け狙われていたのは
警視総監の孫娘。

ここでだいたい、主要なキャストの紹介が終了。



最初は如何にも小中学生ぐらいを対象とした
臭いギャグ、漫画を意識した大造りな演出、単純すぎる展開に
戸惑っていたが、
段々とストーリーがまとまってくる。

今回の大騒動の原因である誘拐の動機には
素直に共感出来て、納得した。
誤認逮捕されながらも人を恨まず
人の為に尽くしていたというのに、
たった一つの出来事で抑えていた感情が吹っ飛んでしまう。

良心というリミッターを我々は倫理観と呼んでいるが、
そのリミッターは
誰もが限界に来ているのかもしらない。
そして、この映画の犯人はそれが弾け飛んでしまう。
そんな臭いくらいベタだけど、わかりやすい映画だ。

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年間劇場で数本しか観ない人や、
小中学生位の子供達や
それと年間三桁は
作品を観ている人達に適した映画のような気がする。
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by asat_abc | 2011-07-22 06:52 | 映画_新作

「わたしを離さないで」、残酷な、とても残酷な物語

この映画を観たかったのはキーラ・ナイトレイが出ているから。
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でもスクリーンで
キーラ出演作品で良かったと思えると作品に出会ったことがない。
(日本の女優でいうと蒼井優にその感想は似ている)
脇に控えたキーラのこの作品はとても楽しみにしていたが、
この映画、とても怖いお話だったので、途中から少しひいて観ていた。
でも、心に残るかも。。。考えさせられる作品だった。
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冒頭から子供達が寄宿舎のようなところに集められ、
親元へ帰省するシーンも親の方から子供に会いに来るシーンも一切ない。
どうして?
と、聞きたくなる前に事情が明らかにされていく。
主人公を含む生徒達はコピーされた人間なのだ。
(その瞬間、 異次元へ連れて行かれる。)
彼らの使命は、人類へ臓器を提供することなのだ。
そして、その為に養殖されているのだ。

そんな環境を当たり前のように受け止めるよう
子供達は養育され
成人になると臓器を提供し始める。
それをあたかも本当の制度のごとく
近未来のお話しではなく、
現代よりもすこし前の時代設定にしている。
思わずどこかの国で実際に行っているのでは、
と勘違いしてしまうほどだ。



この映画で、キーラは主人公の親友ルースを演じている。
美しさを武器に男を惑わせ
主人公キャシー役のキャリー・マリガンから男を奪い取る役だ。
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小学校高学年の頃、
彼女の親友キャシーが恥ずかしげもなくドジな男の子トミーに
アプローチする姿を見て
今までトミーを自分は虐めていたけど、
トミーに対する見方が変わってしまった。
何故かキャシーに負けたくなかった。
だからトミーを、
自分から誘惑し、なびかせ、付き合い始めた。
その交際は、ルースが羨ましがっていた時期は
上手くいっていたが、
ルースが介護士の選択をして、
自分達から離れていくと
張り合いがなくなり、付き合うのを何とはなしにやめてしまった。
自分の気持ちにも問題があるが、
トミーの方も初恋の相手キャシーの存在が
徐々に大きくなっているようだった。
キャシーが目の前にいると
彼女を見る度に負けまいとして頑張れるのだが、
いなくなることによって動機が息切れ、薄れて、
最後にはトミーはただの親友になってしまった。
そうなるとキャシーに対して悪いことをしてしまった
という後悔の気持ちが強くなり、
今までの行為に詫びを入れたくなり、
寄宿舎当時の校長先生の住所を手に入れ、
キャシーへ渡す準備をした。
実は彼ら臓器提供者達の間で、
ある都市伝説があった。
彼らが育った寄宿舎の卒業生は
好きな者同士が校長先生の承認を受ければ、
臓器提供の執行が三年だけ猶予される、
そんな伝説だ。

そんな時、キャシーと再び会えた。
ルース自体、既に二度臓器を提供している。
臓器提供は三度目には死んでしまうと言われている。
トミーの方も噂では二度臓器提供しているという。
ルースはキャシーに会うと
直ぐにトミーに会いに行くことを提案、
彼が暮らす場所へ出かける。
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そしてキャシーに自分の率直な気持ちを伝え、
校長先生の住所を書いた紙を渡した。




それからはルースの出番はほとんどなくなった。
ここからは、キャシーとトミーの純愛物語。
結局都市伝説は都市伝説のままであり、
キャシーはトミーの三度目の手術を見守るシーンで話は終わる。

人と好き同士になりながら
その感情をちゃんと伝えられず、添い遂げられないのは
やっばり自分のせいだ。
そうならないよう、後悔しないように、行動しないと、ね。
いまさらながら思わされた作品だった。

(作者の言いたい事とは、まるっきり違う感想になっちゃいました。)

原作:カズオ・イシグロ「日の名残り」
原題:「never let me go」
監督:マーク・ロマネク
脚本:アレックス・ガーランド
<出演>
キャシー:キャリー・マリガン
ルース;キーラナイトレイ
トミー:アンドリュー・ガーフィールド
配給:20世紀フォックス
製作:イギリス/アメリカ
時間:1時間45分
日本公開日:2010年3月26日公開


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by asat_abc | 2011-07-17 12:49 | 映画_新作

「シネ響マエストロ6」、どう評価すれば

シネマコンプレックスが多くなり映画館の使い方も多様になってきた。
スポーツイベントを映画館で開催したり、
ゲキシネやシネ響などが定期的にかかるようになってきた。
今回シネ響を初めて鑑賞した、というか
聴いた。
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ゲキシネは素直に感動の一言だったが、
シネ響の評価は微妙だ。
一曲のクラシックを最初から最後までちゃんと聴いたのは
久しぶりだったから、
その意味では有意義な時を持つことが出来、
良かったのだが、
自分にはそれを味わうだけの感性を持ち合わせていないので
時間を少し持て余してしまい、何度も時計を見てしまった。

さて上映され、演奏されたのは2008年2月、北朝鮮の平壌での公演
マエストロはロリン・マゼール、同時77歳のおじいちゃんだ。
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彼はニューヨークフィルハーモニックを率い、
北朝鮮で演奏する初めての外国人として平壌で指揮した。
演奏曲は
ワーグナーの歌劇「ローエングリン」第三幕への前奏曲
続いて
ドボルザークの「新世界より」
次はガーシュウィンの「巴里のアメリカ人」
ビゼーの「アルルの女」から「ファランドール」、
そしてバーンスタインの「キャンディード」序曲
最後に「アリラン」で締めくくった。

当然の事だが、
演奏している人や、
聴いている人を映すだけの単調な映像だけではもったいないと思っていたら、
管楽器の奏者でひとりだけ顔を真っ赤っかにしながら
演奏している人がいた。
もとから赤い顔なのか、演奏でそうなってしまったのか
何て事を考えながら聴いていた。

シネ響を聴く映画館は豊洲が一番だと思う。
画面も大きいし何よりサウンドに迫力がある。
「ターミネイター4」をこの会場で観た時は
身体に音の衝撃を受けた。
音響施設に自信があってシネ響を上映していると想うけど、
今日の会場にはその迫力が無かった。
それととても残念な事に、
200人以上収容出来る会場だというのに
お客はなんと9人だった。
コレジャァ、ね。
たまたまなのか、
この会場だからなのか、
シネ響だからなのか、
興味があるところです。
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by asat_abc | 2011-07-12 21:34 | 映画_新作

「マイティ・ソー」、地球で一番魅力的なのはナタリー

兎に角痛快な映画、
あまり細かなことを気にしてはならない。
典型的な体育会系の映画なのだ!
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簡単にその概略を。
北欧の紀元前の伝説を基にアメコミから新しい神を出現させた。
その名はソーだ。
彼の父、オーディンは地球を邪悪な異星人の侵略から救い母星へ帰った。
それから二千年以上がたち、ソーは
次期跡取り息子として王位を約束された神だが
若いだけに何でも力に頼って解決しようとする真っ直ぐな神だ。
人は是を
粗暴で思慮が足りないとという場合もあるし、
純真で真っ直ぐだ、という場合もあるが、
王で父親のオーディンは今後を託すにあたって
彼に不足しているものの方を重視した。
ソーが良きリーダーとなって欲しいと思い、
彼が持つ力を奪い地球へ追放するという試練を与えた。
オーディンの役はアンソニー・ホプキンス、上手い人は何をやっても様になる。
ところで、この神が治めている星は地球とゲートでつながっている、
とう設定になっている。
そのゲートから地球に追放されたソーは
地球に着くと同時にジェーン達が乗った車にはねられ、
彼女と知り合う。
今が旬、いや今後数十年は旬であり続けるだろう
ナタリー・ポートマンがジェーンを演じる。
運命づけられたようにお決まりのパターンでフォールインラブする二人だが、
ここは超体育会系だけにラブシーンすらない。
ソーにとっては重要なもう一つのエピソード、
それは彼が自由自在に操っていたハンマーだ。
そのハンマーも地球にたどり着いていた。
だがそのハンマーは地中に突き刺さり誰も引き抜く事は出来ない。
てっきり自分ならと自信満々でハンマーを引き抜こうとしたら
ソーにも引き抜けなかった。
これにはソーもガックリ、自信喪失だ。
この気持ちを和らげてくれたのは、ジェーン。

やがて地球へソーのために
仲間のホーガン達もやってくる。
ホーガン役は浅野忠信、ハリウッド映画へデビューだ。
ちゃんとセリフもある善玉の役をやっている。
悪玉がいまいち迫力に欠けたので、彼の方が似合っていると思いながら見ていた。

仲間の気持ちを糧に頑張るソーの姿に呼応するかのように
剣の方からソーに馳せ参じ
ソーはいつものソーに甦り
自分の星へ帰り、悪玉の義理の弟と決着を着る。
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出演者
主人公ソー:クリス・ヘムズワース
ジェーン:ナタリー・ポートマン
オーディン:アンソニー・ホプキンス
ホーガン:浅野忠信

監督は、ケネス・ブラナー

137分、2011年制作
アメリカ映画
配給

エンドロール終了後次回作の予告があるので、
気を付けてくださいね。
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by asat_abc | 2011-07-09 11:52 | 映画_新作

「冬の獣」、真面目だから面白い!

自主制作作品、東京フィルメックスで優秀賞に選ばれた作品だそうだ。
撮影場所は男のアパート、地下道、小ぶりで低めのビルの屋上、
そして最後の場面となる雑木林や畑。
登場人物はほぼ4人。
その中で思い込みの激しい恋愛劇が幕を開く。
正直最初戸惑ってしまった。
セリフらしいセリフもなく、少しだらだら感が続く、
だが何かただならぬものが伝わってくる。
この一風変わった感じの作品が変貌し始めるのは、
シゲヒサとユカコの倦怠期にでも入ったような30代と思われる同棲カップルに
女の影がチラつき始めた頃からだ。
2人でいるとき頻繁に男の携帯がなる。
だが、シゲさんは電話に出ようとしない、それが兆候の始まり。
シゲさんはいう。
「僕の友達が鍵を無くしたことわかって、合い鍵持ってる彼女を呼び出したんだ。彼女、めちゃ怒ったけど、一時間かけて来てくれたんだって」、続けてたたみかけるように、
「そんな風になるのイヤだから、鍵返す」
とユカコに合い鍵を返そうとする。
ここから、理屈にならない理屈の掛け合い漫才のような会話が笑える。

どうもこれは、設定とキーワードだけ決めて、後は会話も雰囲気も流れに任せるという監督のやり方らしい。
だから、役者自身の言葉なのだ。
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徐々にシゲヒサの身勝手な行動に
ユカコの心は乱れ、地下道で倒れる。
それを救ったのは
偶然居合わせた職場の同僚のノボルだ。
ノボルは、同僚のサエコの事が好きなのだが、
どうもサエコはシゲヒサと付き合っているらしい。
ある日ユカコが予告もなくシゲヒサのアパートへいくと、
そこにはサエコがいた。
呆れたユカコが見切りをつけ帰ろうとすると、必死に止める。
そこへ今度はノボルまで押し掛けてきて、
よつどもえのバトルが始まる。
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このバトルが傑作で笑えるのだ。
だが役者さん達は必死の真剣屁理屈大会だ。
真面目だからこそ、第三者は笑えるのだ。
一度観てみる価値はある作品だ。

監督は内田伸晃
出演
ユカコ:加藤めぐみ
ヒゲヒサ:佐藤博行
ノボル:高木公介
サエコ:前川桃子
92分、2010年制作
マコトヤ配給
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by asat_abc | 2011-07-05 21:21 | 映画_新作

「SUPER8/スーパーエイト」少年達のSFファンタジー

スティーヴン・スピルバーグが製作を務め
J・J・エイブラムスがメガホンを取る、
映画好きの少年たちを描いたファンタジー映画。
映画終了後のエンドロールが全てを物語っている、と感じた作品だ。
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一応の概略は
1979年、アメリカのオハイオ州。
8ミリカメラで映画撮影をしていた6人の子供達のそばで
貨物列車の衝突事故が起こる。
貨物列車は空軍施設、エリア51からエイリアンを
ある場所へ極秘に移送中だった。
事故によって、エイリアンは脱出、空軍は極秘裏にエイリアンを捕らえようとする。
その攻防に、少年たちの町が巻き込まれるのだが、軍から事実は一切明かされない。
アメリカ政府がひた隠しにするこの秘密と、
映画撮影に夢中になる少年たちが真実を暴く冒険と成長を描く、
ファンタジーSF映画だ。
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物語をもう少し詳細に説明してみることに。
五人の映画仲間の下にアリスが加わった。
彼らが製作しているのはゾンビ映画だ。
製作を指揮しているのはデブでガキ大将のチャールズ。
彼の仲間のひとりとしてジョーがメイク担当として参加している。
ジョーの母親は不慮の事故で数ヶ月前になくなったばかり、
その寂しさを癒すかのようにどんどん映画にのめりこんでゆく。
寂しさを紛らわせないないでいるのは父親で保安官のジャクソンも同様だ。

いつものように夜中に撮影している現場で、事故が突然起こる。
映画撮影現場を通る貨物列車に一台の自動車が正面衝突していき、大事故がおこる。
付近は大惨事、アメリカ軍が直ぐにやって来て極秘裏に事故の収束を図り始める。
事故のあと、住民の失踪、大規模な停電、町から犬が大量にいなくなったりと
不審な現象が頻発するようになる。
だがその秘密が、撮影していたカメラのフィルムに偶然映っていた。
と、進めていくと、まるでSF映画オンリーのようだが、
実はこの映画、SFに興味を持つ年代の子供たちへ贈るファンタジーなのだ。
ジョーとチャールズはアメリカ空軍が町に入ってきて事故収束の現場を利用して
ゾンビ映画を取り続ける事にする。
ジョーはアリスのメイクを担当するうちに、どんどん仲良くなってゆく。
ガキ大将チャールズの失望振りがかわいそうだが、面白い程よくわかる。

二人の父もそれとなく気にしている。
アリスの父ルイスはジョーの母の死に直接絡んでいないが、
同じ職場の彼が当日休んだ事でジョーの母の身に降り掛かったのだ。
その事を、ルイスは気にしているし、
ジョーの父ジャクソンも面白く思っていない。

そうこうするうちに、空軍はエイリアンと決着をつけようとして、
わざと町に火事を起こし、住民を避難させる。
避難場所で、ジョーはアリスの父ルイスから
アリスがエイリアンにさらわれてしまった事を知らされる。
さら、少年達の冒険の始まりだ、避難所から町へ引返し
アリスを助けに行く少年たち。
それを追うように、ジョーの父ジャクソンをアリスの父ルイスも
彼らの後を追う。


キャスト:
ジョー・ラム:ジョエル・コートニー
アリス・デイナード:エル・ファニング
チャールズ:ライリー・グリフィス
ケイリー:ライアン・リー
マーティン:ガブリエル・バッソ
プレストン:ザック・ミルズ
ジャクソン・ラム:カイル・チャンドラー
ルイス・デイナード:ロン・エルダード
2011年製作公開
パラマウントピクチャーズジャパン配給

監督・脚本・製作はJ・J・エイブラムス、
「M:i:III」や「スター・トレック」の監督、「クローバーフィールド」は製作者。
公式HP:http://www.super8-movie.jp/

この映画が優れていると思ったのは、
主人公二人が私を童心に戻してくれたからだ。
エル・ファニングは「somewhere」の時よりもう少し大人に近づき、
チャーミングなところに磨きがかかっていた。
可愛い子は、ゾンビのメイクをしていてもキュートだ!
でもこの映画を輝かせているのは、
ジョーを演じている、ジョエル・コートニー。
兎に角この映画に合っている、少年らしい少年だ。
次回作は「トム・ソーヤの冒険」でトム・ソーヤを演じるそうだ。

ジョーとチャールズの力関係が前半と後半では入れ替わっているところも
面白いところだ。
アリスとの関係、アリスの影響によって少年達の成長が如実にわかるもの楽しい。

SFエイリアン映画と見せ掛けておいて
なかみはアドベンチャーファンタジーとして描き、
ちょっぴり淡いラブストーリーも描いた青春成長物語だ。
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by asat_abc | 2011-07-04 00:01 | 映画_新作